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三清庵 小川後楽堂

 京都市北区上賀茂にある小川流の茶室三清庵は、現代に建築された煎茶好みの茶室として注目されています。現後楽家元自らの設計になるもので、1993年に完成されました。
 三清庵には、旧後楽堂を厳密に再現した茶室や、中国意匠の立札の間からなる二階建ての本館や、庭の北端に三畳の小間からなる別棟の茶室三鷺庵があります。また、雅な遊び心を込めた小川流独特の新しい茶室もあります。
 文人好み、煎茶好みという言葉は、一口で表現するには難しいものがあります。そこには、豪華、華奢に傾かず、「清貧」「倹の徳」「文雅」なるものが伝わるものの、という意味があるように思います。素晴らしい茶味を得るには、火・水・風の調和した働きが大切。小川流ではこの自然の三つの恵みを、特に三清と称し、大切なものとしての意識を高め、茶室も「三清庵」 と名づけています。

中国の間

 中国意匠の立札の間には、「中国の間」と愛称をつけています。壁は、中国の民家風に藁入り漆喰壁を使い、窓は中国寒山寺の格子を模写したものです。又部屋の両側には中国的な果物の桃と柘榴のステンドグラスがはめ込まれています。喫茶文化のルーツを求め、たびたび中国へ研究の旅に出向いてきた現家元が自ら設計した立札席で、中国的意匠をふんだんに取り入れた茶席です。

三鷺庵

 「随所に茶を煮る」のが、古くから伝えられている煎茶の楽しみ方で、茶室へのこだわりを持つことは、煎茶家らしからぬということにもなりますが、随所に随意にという気持ちを忘れず造られた茶室。売茶翁高遊外のもっとも重視した煎茶の空間は、「山林の面白き所、水石の清き所」が理想とされていますが、それは又隠逸的な文人や詩人の追い求めていたものと共通していました。煎茶そのものが、中国渡来の新しい喫茶方法であったことから、当然空間の意匠も中国の喫茶の世界に多く学ぶものでした。
 中国の「茶疏」には、「高燥明爽(こそうめいそう)にして閉塞(へいそく)せしむなかれ」とありますが、その注意を最大限に取り入れ意匠したのが三鷺庵です。もっぱら自然の美を享受する受け身の側にまわり、敷地内の眺望の一番良い場所を選んだのも、「茶歌」で有名な唐代の詩人廬同の言う「清風」を「両腋(りょうわき)」一杯に受け、脱俗の世界、蓬莱山への思いをより強く示したかったからでした。偏額の文字は命名者の歴史家奈良本辰也氏、刻字は版画家の木田安彦氏によるものです。
 「三畳に踏み込み床、文机を兼ね備えた書院が付き、天井、落掛、柱に面白い木材を使い平成の文人趣味の煎茶席を造り出しました。両側の戸を開け放つと自然と一体になり、深山幽谷に居る心地がします。
 煎茶の世界で素晴らしい茶味を得るには、三清といわれる火・水・風の三つの自然が協和した働きが大切。この三つを象徴する意匠を、窓に表現し、自然の恵みへの感謝を込めてあります。

三清庵 小川後楽堂

中国の間

三鷺庵

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