後楽堂直門 今仲 行楽
後楽御家元には、古稀を迎えられました。おめでとうございます。門人として、この上ない喜びであります。
紅葉の美しい2010年10月31日、御家元の古稀を祝う祝賀茶会が催されました。お手前をさせていただく機会に恵まれ、心を新たに三清庵の門をくぐりました。
本席は、枯腸の間。揮毫席として親しまれてきた一室。大きな窓からは、秋色鮮やかなお庭を楽しむことができます。
第一席目は、御家元をお正客にお迎えし、可楽家元嗣が後見に座られました。お席には、可楽家元嗣お心入れのお道具が並びました。手前座に座り、春日盆を引きます。心地よい緊張感を感じながら、お手前を進めました。三器盆を引き、「一煎差し上げます」のご挨拶を申し上げますと、御家元が厳しくも温かい眼差しで見守ってくださっています。静かな席中に、ゆったりと時間が流れるのを感じました。茶瓶からは、珠の滴がゆっくりと茶碗へ落ちていきました。
お茶碗が御家元の前に運ばれます。一煎を味わわれ、御家元からの微笑を頂きました。この一刻を迎えられたうれしさで、私の心が満たされる一瞬でした。
御家元古稀祝賀の茶会で、御家元に一碗を差し上げることができ、小川流の歴史の一コマに自分がいる喜びに感動しています。また、可楽家元嗣には、お手前をする機会を与えてくださったことに感謝申し上げます。
小川流のお稽古を続けてきて良かったと実感するとともに、初心を忘れることなく、これからも精進を続けていく覚悟を新たにした一日となりました。
新潟教室 近藤 栄楽
秋の彩に染まり始めた後楽堂で、御家元の古稀のお祝いの煎茶を楽しむ会が行われました。
新潟教室からも九名が参加しました。手前、取次ぎ、後見の三人三組にわかれ、副席を担当。そして順次本席立礼席にもおよばれすると言う、今までにない有り方の会でした。
京都に出かける寸前にお役の発表があり、様子がわからないまま、緊張感いっぱいでお伺いしました。可楽家元嗣のもと、後楽堂の諸先生方がすみずみまでお祝いの気持ちを込められた席作りになっておりました。
副席は凸凹棚一文字盆玉露手前。掛物は、先日煎茶の会が初めて催されたと伺っている大分草野本家縁りの広瀬淡窓、旭荘の対幅がカギの手になっている床の間に一幅づつ掛けられているのが新鮮でした。沈香木の枕に置かれた香筒は、xの遊環が魅力的でした。尚古斎の籠には、りんどう・なでしこ・もみじ狩りなど今を盛りの花、名残りの葉がいれられました。
この度は各席の道具組の中に、御家元へのお祝いが用意されておりました。副席では、和善造の水注。黄地紅彩磁に楼閣山水や吉祥果が繊細に描かれ、美しい紅彩が席中を一層晴れやかにしていました。茶托の双鶴、お菓子の銘「龍神」、炭飾りは延年等々。御家元への尽きないお祝いで心に満ち、お席は終始温かく、その時間を共有させて頂く幸せの中で、細田徳楽先生に力強く支えて頂きながらお役を務めました。各席とも、御家元には秘密裏で用意されたようで、御家元は可楽家元嗣の小川流への新しい眼差し、新しい後楽堂の表情が見られたと、殊の外お喜びのご様子でした。
本席、立礼席とゆっくりお呼ばれし、その後のお祝いの宴では、奥様の陰乍らのお心配りを思いながら見事なおもてなしを頂きました。御家元より全員に短冊を頂戴するという、思いがけない喜びもございました。小川流の一体感をひしひしと感じる一日でございました。喜寿にむけて、御家元のご健勝を心からお祈り申し上げます。
東京支部 上田 明楽
御家元が七十歳の古稀を迎えられ、可楽家元嗣の主催による祝賀茶会が開かれたことは、まことにおめでたく、心からお喜び申し上げます。
私ども東京支部は、この意義ある茶会の立礼席を光栄にも担当させていただきました。前日の午後に三清庵におうかがいしたときには、すでに立礼席の飾りつけも整い、手前座の桐凸棚の前には、あの有名な「五彩花卉詩文煎茶碗」が並べられていて、びっくりしました。これは清代の官窯の製品で、四季十二ケ月のそれぞれの月を代表する花が五彩で描かれ、詩文が添えられている見事なものです。私は感嘆すると同時に、こんな貴重な作品を使わせていただいて、万一、粗相でもあったら、と心配になりました。そんな私に、傍にいらした奥様が「古稀の祝いは一生に一度ですから」とさらりとおっしゃったのに感服もし、また翌日の祝賀茶会への気持ちも新たにいたしました。
当日は、折からの台風十四号も去って、三清庵の「中国の間」には雨上がりの秋の気配が漂っていました。茶席に掲げられた額には、唐の詩人・王維の五言律詩『山居秋瞑』の一節「空山新雨後 天気晩来秋 明月松間照 清泉石上流」の書があり、まさにこの日の、この席の雰囲気にぴったりでした。
この席でご披露したのは「東籬手前」で、これは東晋の詩人・陶淵明の「菊を東籬の下にとり、悠然として南山を見る」という名句から、御家元が名づけられたとうかがいました。茶碗の四季十二ケ月の花と詩文、王維の「雨後…いよいよ秋めき、明月は松間を照らし」、そして淵明の「東籬の菊」。日本人の季節感に寄せる思いと美意識が、ここにはこめられていると感じました。
さて、この祝賀茶会でいちばん印象深かったのは、可楽家元嗣が発案された「主客交互」方式とでもいうべき、茶会の進め方、楽しみ方でした。東京支部の場合は、九人が出席し、三人一組、三組に分かれ、たとえばA組が立礼席の主人を務めているときは、B組は本席の客となり、C組は副席の客になる――、これを順に繰り返していけば、皆が三席とも体験できるという素晴らしい方式です。
茶会の案内状には、「煎茶を楽しむ会」〜六世家元古稀祝賀茶会〜、と記されていました。まさにそのとおりの会でした。お祝いのご奉仕をしながらも、みずからも客として十分に煎茶を楽しむことが出来、つくづく感心いたしました。小川流の一門が集まり、御家元の古稀を祝い、皆が煎茶を楽しむ、そうした会としてこれほどふさわしい企画はないでしょう。
三人三組三席の、いわば魔方陣のようなこの主客相互入れ替え方式は、人数に限りもあり、また円滑に滞りなく進行するためには、事前の綿密な準備があってこそで、陰のご苦労も多々あったことと推察いたします。
御家元はこれからも、喜寿、米寿、白寿といつまでもお元気にご活躍され、こうした楽しい煎茶会が再三、開かれますよう祈念いたします。可楽家元嗣が主催したこの煎茶会は、二百年の伝統を誇る小川流煎茶の歴史に、新たな、若々しい一ページを加えた記念すべき集まりになったと思います。